南史卷二十四 列傳第十四 王悦之

出自と生い立ち

  • 王悦之、字は少明。晋の右軍将軍羲之の曾孫。祖父は献之(中書令)、父は靖之(司徒左長史)。劉穆之に厚遇され、侍中の職を望んで一度ならず求めたが、穆之は「求めずとも自然に得られるだろう」と言い、結局は叶わなかった。
  • 悦之は若くして清節を励み、率直な気性で吏部郎となった際、隣の省で宴があり餅一皿を贈られたが「これは小さな出費だが、私は昔からこうしたものを受け取りたくない」と辞退した。宋の明帝の泰始年間、黄門郎・御史中丞となり、その廉潔さから帝は良田五頃を賜った。侍中として門下の職務に力を尽くし、御府・太官・太医の諸署の検校を掌った。当時、奢侈の後で不正な取引をする者が多かったが、悦之は徹底して糾弾し多くの不正を暴いたため、諸署の者が結束して呪詛したという。悦之は病に倒れ、常に二人の黒衣の人物に打たれる幻を見たと言われ、亡くなった。上はその原因となった管理者十数人を捕らえ枷をはめ淮陰に送り、瓜歩の江に密かに沈めさせた。