南史卷二十二 列傳第十二 王寂
経歴
- 寂、字は子玄。性は迅動で文章を好み、『後漢書』范滂伝を読むたびに嘆息した。王融が敗死した後、賓客の多くが寂に帰した。斉の建武初め、中興頌を献じようとしたが、兄の志が「お前は膏粱の家に生まれた若さで、なぜ栄達しないことを患うのか。静を鎮めなければ譏りを招くことを恐れる」と諫めたため取りやめた。祕書郎の位に至り、二十一歳で卒した。
史論
- 論者は言う。王曇首の才器、王僧綽の忠直によって、その世禄が絶えなかったのは決して偶然ではない。仲宝(王儉)は雅道を自ら貫き、早くから伊尹・呂尚のような志を懐き、ついに時に逢い主に遇されて宰輔の隆盛に至った。まさに衣冠礼楽のすべてがここに集まっていたと言うべきであり、斉においてこの一門ほど盛んな例は他にない。その余の子孫も文雅・儒素それぞれの家風を受け継ぎ、基業を絶やさなかったのは美事と言うべきである。