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南史
卷十四 列傳第四宋宗室及諸王下 廬陵王禕
凡愚と憂死
劉禕(字休秀)は文帝第八子。元嘉二十二年(445年)十一歳で東海王、大明七年(463年)司空に進み、明帝即位で太尉・廬陵王に改封(廢帝が禕の容貌を驢馬に似ると評したことに由来)。文帝の諸子の中でも凡劣とされ兄弟から蔑まれた。
泰始五年(469年)河東の柳欣慰の謀反に擁立されかけ、事が露見して南豫州刺史に貶され、明帝の圧迫により最終的に自殺を強いられ、宣城に葬られた。
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