南齊書卷五十五 列傳第三十六 江泌

江泌

  • 字は士清、済陽考城の人。父の江亮之は員外郎。貧しく昼は履物作り、夜は月光を頼りに読書した。仁義に篤く、着古した服の虱を殺すに忍びず衣中に留め置いた逸話がある。母の死後、生食を避け菜食にした。南中郎行参軍時代、病んだ属吏を自ら看病し葬った。国子助教として車を牽く老翁を見て自ら歩いて車を譲った。
  • 世祖により南康王子琳の侍読となり、建武中(494-498年)明帝が諸王を害した際、子琳の運命を誌公道人に尋ねると香炉の灰で「全て失われる」と示された。子琳が害されると泣き尽くして血を流し葬儀を執り行った。まもなく卒した。族人に同名の江泌(黄門郎江悆の子)がおり区別のため「孝江泌」と呼ばれた。