南齊書目録

巻立て(本紀八巻・志十一巻・列傳四十巻)

梁の蕭子顯撰、全五十九巻。内訳は本紀八巻・志一十一巻・列傳四十巻。

  • 巻一 本紀第一 髙帝上(姓は蕭氏、諱は道成)
  • 巻二 本紀第二 髙帝下
  • 巻三 本紀第三 武帝(諱は賾)
  • 巻四 本紀第四 鬱林王(諱は昭業)
  • 巻五 本紀第五 海陵王(諱は昭文)
  • 巻六 本紀第六 眀帝(諱は鸞)
  • 巻七 本紀第七 東昏侯(諱は寳卷)
  • 巻八 本紀第八 和帝(諱は融)
  • 巻九 志第一 禮上
  • 巻十 志第二 禮下
  • 巻十一 志第三 樂
  • 巻十二 志第四 天文上
  • 巻十三 志第五 天文下
  • 巻十四 志第六 州郡上
  • 巻十五 志第七 州郡下
  • 巻十六 志第八 百官
  • 巻十七 志第九 輿服
  • 巻十八 志第十 祥瑞
  • 巻十九 志第十一 五行
  • 巻二十 列傳第一 皇后(宣孝陳皇后・髙昭劉皇后・武穆裴皇后・文安王皇后・鬱林王何妃・海陵王王妃・眀敬劉皇后・東昏褚皇后・和帝王皇后)
  • 巻二十一 列傳第二 文恵太子
  • 巻二十二 列傳第三 豫章文獻王嶷
  • 巻二十三 列傳第四 褚淵(弟の澄・徐嗣を付す)・王儉
  • 巻二十四 列傳第五 栁世隆・張瓌
  • 巻二十五 列傳第六 垣崇祖・張敬兒
  • 巻二十六 列傳第七 王敬則・陳顯達
  • 巻二十七 列傳第八 劉懐珍・李安民・王𤣥載(弟の𤣥邈を付す)
  • 巻二十八 列傳第九 崔祖思・劉善眀・蘇侃・垣榮祖
  • 巻二十九 列傳第十 呂安國(全景文を付す)・周山圖・周盤龍・王廣之
  • 巻三十 列傳第十一 薛淵・戴僧静・栢康・焦度・曺虎
  • 巻三十一 列傳第十二 江謐・荀伯玉
  • 巻三十二 列傳第十三 王琨・張岱・褚炫・何戢・王延之・阮韜
  • 巻三十三 列傳第十四 王僧䖍・張緒
  • 巻三十四 列傳第十五 虞玩之・劉休・沈沖・庾杲之・王諶
  • 巻三十五 列傳第十六 髙祖十二王(臨川獻王映・長沙威王晃・武陵昭王曅・安成恭王暠・鄱陽王鏘・桂陽王鑠・始興簡王鑑・江夏王鋒・南平王鋭・宜都王鏗・晉熙王銶・河東王鉉)
  • 巻三十六 列傳第十七 謝超宗・劉詳
  • 巻三十七 列傳第十八 到撝・劉悛・虞悰・胡諧之
  • 巻三十八 列傳第十九 蕭景先・蕭赤斧(子の頴胄を付す)
  • 巻三十九 列傳第二十 劉瓛(弟の璡を付す)・陸澄
  • 巻四十 列傳第二十一 武帝十七王(竟陵文宣王子良〈子の昭胄を付す〉・廬陵王子卿・魚復侯子響・安陸王子敬・晉安王子懋・随郡王子隆・建安王子真・西陽王子眀・南海王子罕・巴陵王子倫・邵陵王子貞・臨賀王子岳・西陽王子文・衡陽王子峻・南康王子琳・湘東王子建・南郡王子夏)
  • 巻四十一 列傳第二十二 張融・周顒
  • 巻四十二 列傳第二十三 王晏・蕭諶・蕭坦之・江祏
  • 巻四十三 列傳第二十四 江斆・何昌㝢・謝[卄/瀹]・王思逺
  • 巻四十四 列傳第二十五 徐孝嗣・沈文季
  • 巻四十五 列傳第二十六 宗室(衡陽元王道度・始安貞王道生〈遙光・遙昌・遥欣を付す〉・安陸昭王緬)
  • 巻四十六 列傳第二十七 王秀之・王慈・蔡約・陸慧曉(顧憲之を付す)・蕭恵基
  • 巻四十七 列傳第二十八 王融・謝朓
  • 巻四十八 列傳第二十九 袁彖・孔稚珪・劉繪
  • 巻四十九 列傳第三十 王奐(従弟の繢を付す)・張沖
  • 巻五十 列傳第三十一 文二王(巴陵王昭秀・桂陽王昭粲)・眀七王(巴陵隠王寳義・江夏王寳𤣥・廬陵王寳源・鄱陽王寳寅・邵陵王寳攸・晉熙王寳嵩・桂陽王寳貞)
  • 巻五十一 列傳第三十二 裴叔業・崔慧景・張欣泰
  • 巻五十二 列傳第三十三 文學(丘靈鞠・檀超・卞彬・丘巨源・王智深・陸厥・崔慰祖・王逡之・祖沖之・賈淵)
  • 巻五十三 列傳第三十四 良政(傅琰・虞愿・劉懐慰・裴昭眀・沈憲・李珪之・孔琇之)
  • 巻五十四 列傳第三十五 髙逸(褚伯玉・眀僧紹・顧歡・臧榮緒・何求・劉虯・庾易・宗測・杜京産・沈驎士・呉苞・徐伯珍)
  • 巻五十五 列傳第三十六 孝義(崔懐慎・公孫僧逺・呉欣之・韓係伯・孫淡・華寳・韓靈敏・封延伯・呉達之・王文殊・朱謙之・蕭叡眀・樂頤・江泌・杜栖・陸綘)
  • 巻五十六 列傳第三十七 倖臣(紀僧真・劉係宗・茹法亮・呂文顯・呂文度)
  • 巻五十七 列傳第三十八 魏虜
  • 巻五十八 列傳第三十九 蠻・東南夷
  • 巻五十九 列傳第四十 芮芮虜・河南氐羌

四庫全書總纂官による按語

  • 臣等が謹んで按ずるに、南齊書五十九巻は梁の蕭子顯の撰で、子顯の事跡は梁書の蕭子恪伝に附載される。章俊卿の山堂考索や館閣書目には「南齊書はもと六十巻、今は五十九巻を存し一巻を亡う」とあるが、劉知幾の史通や曾鞏の叙録はいずれも「八紀十一志四十列傳合わせて五十九巻」とし、欠佚があるとは言わない。しかし梁書および南史の子顯本伝はいずれも「六十巻」とする。館閣書目の説にも根拠がないわけではない。南史が載せる子顯の自序を見ると、これはその叙伝の詞に基づくものであるらしい。また晁公武の読書志は、子顯の進書表に「天文の事は秘めるべく、戸口の数も明かせない」とあることを載せており、原書六十巻とは子顯の叙伝の末に進書の表を附したもので、李延夀の北史の例と同じであったが、唐代に既にその叙伝は佚われ、表は宋代までは存していたものが、今はその表もあわせて佚われたため、本伝より一巻少ないのであろうと推測する。
  • また史通の序例篇には、令升(干宝)が先んじて見識を開き、邱明(左丘明)の史例を遠く受け継ぎ、中興してここに盛んになったとし、沈約・宋孝王の志序や蕭斉の序録は、序と名づけながら実は例(凡例)であるとする。子顯の文章は拙く滞る面はあるが、その序例は優れたものであるとされる。今この書を見ると、良政・髙逸・孝義・倖臣の各伝にはいずれも序があるが、文學伝のみ序を欠く。これはおそらく宋代以後の残欠であろう。
  • 齊の髙帝は図讖を好み、梁の武帝は仏教を崇めたため、子顯は髙帝紀巻一に太乙九宮占を引き、祥瑞志には緯書を附会し、髙逸傳論では禅理を敷衍しており、時勢に引かれて是正しきれていない。また髙帝紀に王藴の刀を撫でる話や袁粲の郊飲の話などの瑣事を連ねているのも、紀の体裁としては望ましくない。列傳に至っては特に冗雑である。とはいえ建元創業の事を紀す際、沈攸之の書を張敬兒傳に載せ、顔霊寳の語を王敬則傳に述べるなど、直書して隠さない点は是非の公平さを失っていない。髙帝十二王傳に陳思王(曹植)の表や曹冏の論を引き、宗国を懐う心情に触れているところなど、史家として言外の意を託した箇所も無いわけではない。
  • 李延夀の南史が広く行われて以降、この書を読み習う者は少なく、日ごとに誤字脱文が生じている。州郡志および桂陽王傳には欠文があり、補い正すすべがない。その他の字句の誤りも、たとえば謝莊傳では南史は「詔して越巂に徙す」とするのに対しこの書は「越州」に作り、崔懐慎傳では南史は「臣子両ながら遂ぐ」とするのに対しこの書は「両節」に作るなど、枚挙にいとまがない。今、諸本を集め異同を照合し、明らかに誤りと判断できるものは正し、考証しがたいものは「闕疑」の姿勢で従前のままとした。乾隆四十六年五月、恭しく校し上る。
  • 總纂官(臣)紀昀・(臣)陸錫純・(臣)孫士毅、總校官(臣)陸費墀。