南齊書序 南齊書八紀十一志四十列傳合五十九篇梁蕭子顯

解題(宋朝臣による叙)

  • 南齊書は梁の蕭子顯が撰した本紀八巻・志十一巻・列傳四十巻、合わせて五十九篇からなる。臣等(校訂に当たった宋朝の官)はその誤りを正し、篇目を叙して奏上する。
  • 史書の役割は是非・得失・興亡・治乱の理を明らかにし、後世への戒めとすることにある。それには適任の人物に託さねば、その意図が失われたり、事実が乱れたり、理が通らなかったり、文章が拙劣であったりする。優れた功業や徳行があっても、それにふさわしい書き手を得られなければ埋もれてしまう。
  • 古の良史とは、万事の理に通じ、天下の用に適い、知り難い意を理解し、表現し難い情を文章にできる者をいう。唐虞の世の記録者たちはまさにこれに適い、末端まで漏らさず伝えた。
  • 両漢以降、史家はこの境地から遠ざかった。司馬遷は五帝三王の時代から遠く隔たり、秦の焚書の後の断片的資料を集めて『史記』の本紀・世家・八書・列伝の体裁を創始した点で優れているが、是非を誤り採録に乱れがあることも少なくない。遷の文章は雋偉であるが、明・道・智・文のいずれも十分とは言えない。まして宋・斉・梁・陳・後魏・後周の史書は論じるまでもない。
  • 蕭子顯はこの文において自らの筆を誇り、改変や修辞に走ることが多く、そのために文章の質はかえって下がった。数代にわたる史書がこの調子であるため、事跡は曖昧となり、時流に乗って功名を立てた君臣であっても、天下の耳目を大きく動かすほどのことはなく、一方で不正に権力を奪い道理に背いた者たちも、幸いにして世に暴かれずに済んでいる。これは託すべき人を得なかったためであり、惜しむべきことである。
  • 史とは天下を治める道を明らかにするものであるから、これを著す者もまた天下の人材でなければその任に堪えない。臣恂・臣寳・臣(某)・臣穆・臣藻・臣洙・臣覺・臣彦若・臣鞏、謹んで目録を叙し昧死をもって上る。