南北史演義第五十四回 宮中で魏主が鴆毒に遭い、沢畔で竇泰が戦場に死す (飲宮中魏主遭鴆毒 陷澤畔竇泰死戰場)

東魏遷都

  • 新帝善見はまだ幼く、実権はすべて高歓が握る。宇文泰が潼関を攻め守将薛瑜を討ったことを機に、高歓は洛陽が関中・梁に近く危険だとして鄴への遷都を強行、四十万戸が慌ただしく移住する。洛陽には留守の官が置かれ、以後戦乱の地となる。

西魏主修の淫行と暗殺

  • 洛陽時代の魏主修(西魏で即位前)は従妹三人を宮中に留め私通していた。特に寵愛した明月(南陽王元宝炬の同母妹)は、洛陽脱出の際も伴われるが、宇文泰は魏主修の乱倫を憎み元氏の諸王を使って明月を殺させる。
  • 魏主修は悲憤するが手出しできぬまま、歳末の宴の後に体調を崩し、毒を盛られたとみられる激痛の末に急死する。享年二十五、在位三年に満たなかった。宇文泰の関与が疑われるが誰も口にしない。
  • 語り手は宇文泰(幼名黒獺)の出自を紹介し、「狐でも貉でもない」という古い童謡が予言だったとする。

西魏の新帝擁立

  • 宇文泰は南陽王元宝炬を擁立(西魏文帝)、長安で即位し大統と改元。乙弗氏を皇后、世子欽を太子とする。宇文泰は大丞相となり実権を握る。独孤信らが荊州を巡って東魏と一進一退の攻防を繰り広げる。

高歓の娘、寡婦となり再嫁

  • 東魏では魏主修の横死に際し高歓の娘(元の皇后)の服喪をめぐり議論が起き、結局形式的に服す。高氏はやがて彭城王元韶と再婚し、高歓は洛陽の宮中の秘宝を持参させる。

高歓の乱倫と後宮の醜聞

  • 高歓は老いてなお好色で、爾朱大小二后との間にそれぞれ子(浟・湝)をもうけ、他にも馮氏・李氏・韓氏・王氏・穆氏ら多くの妾を抱える。鄭大車(広平王妃だった女性)も奪って寵愛し、子(潤)を産ませる。
  • 世子高澄が継母格の鄭大車と密通しているとの噂が立ち、高歓は激怒して澄を杖打ちし廃嫡を考えるが、司馬子如の取り成しと、告発した侍女らを自害に追い込む策略により、澄は赦されて和解する。
  • 高歓の弟・趙郡公高琛は小爾朱后と密通していたことが発覚し、高歓に激しく打たれて数日後に落命(表向きは病死とされる)。小爾朱后は霊州へ追放され、後に范陽の盧景璋に嫁ぐ。

東西魏の抗争続く

  • 賀拔勝・独孤信・楊忠は梁から西魏へ帰参し重用される。宇文泰は柱国大将軍となり、李虎ら七人を輔佐とする。蘇綽が行台左丞として文書制度・戸籍制度を整備する。
  • 東魏では世子高澄が鄴で輔政し、弟の高洋(後の文宣帝)も聡明さの片鱗を見せる(乱れた糸を断ち切る逸話)。
  • 東魏は南朝梁との一時和睦を経て西進、高歓は夏州・霊州を攻略し、西魏へ挑発の詔を送るなど緊張が高まる。

竇泰の戦死

  • 高歓は蒲坂で三方から西魏を攻める構えを見せるが、宇文泰はこれを高歓による陽動と見抜き、驕った竇泰を先に討つ策を立てる(甥の宇文深の献策)。
  • 宇文泰は牧沢に伏兵を置いて竇泰を誘い込み、泥沼で身動きが取れなくなった竇泰は自刃して果てる。高歓は蒲坂でこの報を聞き悲嘆する。

評語

魏主修は高歓を疑い出奔したが、宇文泰の下でなお立て直す機会はあった。それを活かさず色欲に溺れて功臣の恨みを買い、毒殺という末路をたどったのは自業自得である。好色の報いは自身だけでなく子孫にも及ぶとされ、高歓もまた子弟の淫行・後宮の醜聞を重ねており、いずれ悪因悪果を免れまい。また高歓が東西で兵を動かし続けた結果、驍将竇泰が宇文泰の計略にはまって牧沢で落命したのも、高歓の無謀な用兵が招いた結果というべきである。