南北史演義第五十一回 韓陵で戦い子弟軍を破滅し、洛宮に入り大小の后に淫烝する (戰韓陵破滅子弟軍 入洛宮淫烝大小後)
反間の計で爾朱氏を分裂させる
- 高歓は信都から出兵し爾朱氏各軍と対峙するが、その勢威を恐れて逡巡する。参軍竇泰の献策で密使を放ち、爾朱世隆兄弟が兆を殺そうとしている、兆と高歓が通謀している等の流言を両陣営に流し、内部の疑心を煽る。
- 兆は世隆らが元曄を廃したことに元々不満を抱いていたところへ流言を聞き、仲遠の陣を訪ねて挙動不審な態度を取ったため、仲遠は疑念を抱く。仲遠が遣わした斛斯椿・賀拔勝は逆に兆に拘束される。
- 兆は勝に「衛可孤を殺した罪」「天柱(爾朱栄)横死の際に馳せ参じなかった罪」を挙げて詰るが、勝が理を尽くして弁明すると、斛斯椿の取り成しもあって二人は釈放される。
韓陵への道
- 高歓は寡兵を懸念するが、段韶に「爾朱氏は主君殺し・専横で人心を失っている」と励まされ進軍を決意。広阿で爾朱兆軍を大破し、俘虜五千を得て鄴を攻める。
- 相州刺史劉誕は籠城するが、高歓は地道を掘って火攻めにし陥落させ、劉誕を捕らえる。楊愔を行台右丞とし、新帝候補の元朗を鄴に迎え、高歓は柱国大将軍・太師に、子の高澄は驃騎大将軍に進む。
爾朱氏の連合軍、鄴へ迫る
- 爾朱世隆は高歓に鄴を奪われたことを恐れ、兆に卑辞厚礼で和睦を求め、魏主恭に兆の娘を后に納めることを条件に共闘を約す。
- 一度釈放された斛斯椿・賀拔勝は爾朱軍に戻るが、椿は密かに勝へ「爾朱氏に味方すれば共倒れになる、寝返るべきだ」と説く。椿は世隆に天光らとの共同討伐を勧める。
- 天光は当初出兵を渋るが、賀拔岳の「関中に拠って根本を固め、精鋭を分派すべし」との献策を退け、斛斯椿の催促に応じて自ら鄴へ向かう。世隆・兆・仲遠・度律の四軍、あわせて二十万が洹水両岸に布陣する。
韓陵山の決戦
- 高歓の兵は歩兵三万に満たず騎兵二千余のみ。紫陌に屯し、高敖曹も配下三千を率いて参陣する。高歓は敖曹の部隊に鮮卑兵を混ぜようとするが、敖曹は「兵と将は慣れが肝要」と辞退する。
- 高歓は韓陵山下に円陣を敷き、退路を自ら断って必死の陣を構える。兆との問答の後、開戦。高歓は中軍、高敖曹は左軍、高岳は右軍を率いて激戦となるが、爾朱軍の猛攻に前軍は崩れかける。
- 高岳・高敖曹が精鋭を繰り出して兆・爾朱軍の両翼を突き、斛律敦が背後から仲遠を襲うと、爾朱各軍は総崩れとなる。兆は「慕容紹宗の諫言を用いなかった」と嘆き敗走、賀拔勝・杜徳は高歓に降る。仲遠は東郡へ、度律・天光は洛陽へ逃げる。
爾朱一族の粛清
- 斛斯椿は爾朱氏の再起を恐れ、いち早く河橋を占拠して爾朱氏の与党を捕らえ誅殺する。度律・天光は豪雨の中で捕らえられ河橋へ送られる。
- 賈顕智らは世隆と爾朱彦伯を捕らえ、閶闔門外で斬首、首級は高歓に送られる。度律・天光は鄴に護送され処断を待つ身となる。
- 賀拔岳は天光の敗報を受けて宇文泰と謀り、長安を守る爾朱顕寿を破って捕らえ高歓に送る。高歓は賀拔岳を関西大行台に、宇文泰を行台左丞とする。
新帝擁立と二后への淫行
- 高歓は元朗を廃し、孝文帝の血筋である元恭(魏主恭)を新帝に立てることを決め、洛陽入りして魏主恭を崇訓寺に幽閉する。
- 洛陽宮には子攸(荘帝)の后であった大爾朱后と、恭の后である兆の娘・小爾朱后が身を寄せ合っていた。高歓は当初二后を殺すつもりで剣を提げて入るが、大爾朱后の毅然とした詰問と美貌に気圧され、殺意を翻し庇護を約束する。
- 高歓は将佐と諮り、汝南王元悦を南朝から呼び戻して帝位に就けることを決める。一方で斛斯椿は賀拔勝に高歓暗殺を持ちかけるが、勝に諫められ思いとどまる。
- 高歓は洛陽滞在中に大小爾朱后と密通し、そのまま宮中に淫を重ねる。かねて相州長史游京之の娘を強奪して側女とするなど、勝利を機に驕慢と好色が露わになる。
爾朱兆の最期
- 元悦が江南から到着するが、素行不良を理由に廃案となり、孝文帝の孫で隠れ住んでいた平陽王元修(のちの魏主修)が斛斯椿・王思政の説得で擁立される。天に祭り即位し、改元太昌。高歓は大丞相・天柱大将軍・太師に任じられる。
- 爾朱仲遠は梁境で病死。譙城に拠っていた元樹(梁の降将)は樊子鵠・杜徳に偽って開城させられ処刑される。
- 高歓は関中の賀拔岳を警戒し冀州刺史への異動を図るが、岳は薛孝通の諫めで洛陽入りを取りやめ拒否する。
- 高歓は大小爾朱后らを連れて鄴へ帰還する途中、任城王妃馮氏・城陽王妃李氏も強引に連れ帰る。度律・天光は処刑される。
- 残った爾朱兆は秀容に潜伏するが、竇泰の急襲を受けて敗走、赤洪嶺の谷に追い詰められ自ら乗馬を斬り、木に帯をかけて縊死する。並州は平定され、爾朱一族はほぼ滅亡する。
評語
爾朱氏は二十万の大軍で鄴を攻めながら、韓陵の一戦で高歓の寡兵に敗れた。これは高歓の力量というより、驕り極まった爾朱氏が自ら滅亡を招いたものである。ただし高歓もまた驕慢の点では爾朱氏と大差なく、元曄・元朗を立てては廃す身勝手さがあり、さらに洛陽入城後には大小爾朱后を私物のように犯した。これは元魏の国運がなお定まらぬことを示すもので、一族の興亡だけの問題にとどまらない。