南北史演義第二十回 姑姉に狎れ宮中で淫を宣べ、諸父を辱め豬王と戯れる (狎姑姊宣淫鸞掖 辱諸父戲宰豬王)
宋主駿の死と子業の即位
- 殷淑儀を失って以来精彩を欠いていた宋主駿は大明八年に病没(在位十一年、三十五歳)。太子子業が即位するが、璽綬を受け取る態度から早くも不吉の兆しが指摘される。母王太后への冷淡な仕打ちも語られる。
権力闘争と側近の粛清
- 側近の戴法興らが実権を握るが、宦官の讒言もあって子業は戴法興を誅殺、巣尚之を免官する。顔師伯・柳元景は廃立を謀るが決断できず、逆に密告され、宋室の重鎮であった義恭・柳元景・顔師伯らがことごとく子業により誅殺される(義恭は残虐な方法で殺害される)。
子業の淫乱
- 子業は実姉の山陰公主と近親相姦の関係を持ち、公主の求めに応じて面首(美男の寵臣)三十人を与える。
- 従姉妹にあたる新蔡公主(何邁の妻)を奪い、偽装工作で何邁を欺いて後宮に入れ「謝貴嬪」と称する。太廟の先祖の肖像画に不敬な論評を加えるなど傍若無人に振る舞う。
- 叔父の新安王子鸞を旧怨から自害に追い込み、殷貴妃(義宣の娘)の墓を暴くなど、一族への迫害も続ける。
沈慶之の死と地方の不穏
- 義陽王昶は謀反の疑いをかけられ北魏へ亡命する。
- 沈慶之は蔡興宗から挙兵を勧められるが応じず、忠義を貫こうとするが、最終的に子業の命により従子の沈攸之によって毒殺される(子には病死と偽られる)。
- 何邁は子業に妻を奪われた恨みから晋安王子勛の擁立を謀るが露見して殺される。晋安王子勛は長史鄧琬に擁されて江州で挙兵の準備を始める。
諸叔父への凌辱
- 子業は湘東王彧・建安王休仁・山陽王休祐ら叔父たちを「豚」「殺」「賊」と呼んで拘束し、泥の中に裸で座らせ豚の真似をさせるなど凌辱する。彧は際どいところで処刑を免れる。
- 妃や公主たちにも淫楽を強要し、南平王鑠の妃江氏が拒んだために三人の子を殺害するなど暴虐は極まる。子業は殺した宮女の悪夢に苦しめられる(詩:悪夢が報いの兆しであることを詠う)。
評語
桀・紂ですら在位数十年を経て悪徳が顕れたのに対し、子業は即位一年余りでこれほどの淫暴に至ったことは前代未聞と評される。伊尹・霍光の故事に触れつつ、沈慶之が累朝の元老でありながら廃立を断行できず、義恭・柳元景を見殺しにしたあげく自らも殺された愚忠を批判し、この回を読む者を嘆かせると結ぶ。