南北史演義第十五回 張暢が弁詞をふるい使命を報じ、臧質が溲溺を贈って復書する (騁辯詞張暢報使 貽溲溺臧質復書)
撤退命令と劉康祖の壮烈な戦死
- 西方軍撤退の詔により柳元景らは襄陽へ引き上げるが、これに乗じ魏軍が南下を強める。劉康祖は寡兵ながら退却を拒み、魏軍と激戦の末に戦死する。
彭城の攻防と張暢の応対
- 魏主燾が彭城に迫るなか、江夏王義恭は撤退を検討するが、張暢・武陵王駿らの主張で籠城を貫く。
- 魏の使者李孝伯と張暢の応酬が描かれ、張暢は言葉巧みに魏の揺さぶりをかわし、「北馬が長江の水を飲めば天の忌みに触れる」との童謡を引いて相手を動揺させる。
盱眙の攻防と臧質の応酬
- 魏軍は南下し建康に迫るが、盱眙太守沈璞の周到な防備と臧質の合流により持ちこたえる。
- 魏主が求めた酒に代えて臧質が尿を送ったことに激怒した魏主との間で挑発的な書簡の応酬が交わされる(魏主は諸族の兵を使い捨てにする旨を誇示し、臧質は童謡を引いて滅亡を予言し徹底抗戦を宣言)。
- 魏軍は猛攻するも陥落させられず、疫病の流行と宋の援軍接近により撤退する。
義康の最期と戦後処理
- 廃されていた彭城王義康は、故将軍の子胡誕世らに擁立を謀られたことが発覚し、宋主により毒杯、ついで絞殺により命を絶たれる。
- 魏軍は多大な被害を出しつつ北へ撤退。宋の南兗・徐・兗・豫・青・冀六州は荒廃し、元嘉の治世に陰りが差したと総括される。(詩:無謀な用兵と将帥の不明を嘆く)
評語
盱眙が守り抜けたのは張暢の沈着と臧質の僥倖の両面によるものであり、鎮定は頼みになるが僥倖は頼みにならないと評する。臧質が一度の成功に味を占めて後に江州で再び事を起こし、一族もろとも滅びる伏線をここに見出している。