南北史演義第001回 第一回 (第001回)

開巻の弁

世の中は百年で大きく変わり、三十年で小さく変わる。太平が永遠に続くことはなく、治まれば必ず乱れ、乱れれば必ず治まるのは天体の運行のようなものである。漢晋以来、中原は漢族が治めていたが、次第に周辺の異民族が流入し、やがて五胡十六国の争乱を経て北魏が興った。南朝は宋斉梁陳と国号を変えつつ北朝と対峙したが、暗君が多く、次第に北朝に押されて領土を削られた。北周の丞相楊堅が周を簒奪し、さらに陳を滅ぼして南北を統一したが、その子煬帝は暴虐で国を滅ぼした。語り手は、唐の李延壽が『南史』『北史』を分けて著した意図に倣い、隋を北史に属させる形で本書『南北史通俗演義』を編むと述べる。

劉裕の出自と幼少期

  • 東晋哀帝の代、丹徒県で劉裕(字は徳輿、幼名寄奴)が生まれる。漢の楚元王劉交の末裔。
  • 生まれた夜、産室が光に満ちたが、母趙氏は産後まもなく急死。父劉翹は不吉として裕を捨てようとしたが、伯母が引き取って養育した。
  • 継母蕭氏に育てられ長身に成長するが、父も早くに没し、貧しい暮らしの中で草鞋作りや薪売りで生計を立てつつ、継母に孝を尽くした。

竹林寺の瑞兆と昇龍の夢

  • 京口の竹林寺で昼寝した際、身体から五色の龍光が現れたと僧たちが騒ぐ。裕は本人には見えず、日光の見間違いだろうと受け流す。
  • その夜、二頭の龍に乗って空を飛ぶ夢を見る。黒い霧(北魏を暗示)の下に黄色く光る川(黄河を暗示)が現れ、龍が驚いて河に墜落したところで目を覚ます。将来の吉兆と受け止める。

墓相と蛇退治の奇譚

  • 風水師の孔恭と出会い、父の墓を「発王の地」と評される。裕は将来子孫が帝位に就くのではと自負を強める。
  • 新洲で薪を刈っていた際、巨大な蛇を射て負傷させる。翌日、その傷を治す薬を搗く童子たちに出会い、蛇が土地神であること、寄奴(裕)は「王者」ゆえ殺せないと聞かされ、自ら名乗って童子たちを追い払い、薬を得る。
  • 数々の瑞兆を得て自らの将来を確信し、継母の許しを得て従軍する。

従軍と孫恩討伐

  • 冠軍の孫無終に仕えて司馬に昇進。晋の隆安三年、会稽で孫恩の乱が起こると劉牢之の軍に加わり、各地で孫恩軍を撃破する。
  • 孫恩は敗走を重ね、最後は臨海で追い詰められて入水自殺する。妹婿の盧循が残党を率いて後を継ぐ。

桓玄の専横と劉牢之の変節

  • 荊州刺史桓玄が挙兵し、安帝の従弟司馬元顕と対立。晋朝は劉牢之を先鋒として討伐に向かわせるが、牢之は元顕への恨みから桓玄に降伏してしまう。
  • 桓玄は建康を占領して元顕らを殺し、丞相を自称。牢之の兵権を奪う。劉裕は牢之に進言するが容れられず、牢之は挙兵に失敗して自害する。

劉裕、京口で挙兵を謀る

  • 桓玄は帝位を簒奪し、国号を楚と改める。劉裕は表向き桓玄に仕えつつ京口に戻り、何無忌・劉毅らと密かに挙兵を計画する。
  • 桓玄の妻劉氏は劉裕の器量を見抜き、早めに除くよう玄に進言するが、玄は「関隴平定まで裕の力が必要」として聞き入れない。
  • 劉裕は弟の劉道規や青州の孟昶らとも連絡を取り、桓修・桓弘の殺害と各地での呼応を段取りする。(詩:京口での挙兵こそ天下の英雄の始まりだと詠う)

評語

語り手は、隋を北史に組み入れる李延壽の史例に倣った構成を高く評価し、劉裕にまつわる符讖の逸話は『南史』に基づく脚色であって捏造ではないと述べる。また、桓玄の妻劉氏が劉裕の器量を見抜きながら桓玄の簒奪には異を唱えなかった点を「一を知って二を知らず」と評している。