明史演義第三十六回 和を議し上皇を餞別し都に還す/旨を希いて詞を陳べ東宮位を易う (議和餞別上皇還都 希旨陳詞東宮易位)

喜寧の誅殺

上皇(英宗)は喜寧を除こうと側近の袁彬と謀り、衛士高磐に喜寧を伴わせ贖金交渉と称して宣府へ送る計を仕組む。袁彬が高磐に託した密書を宣府参政楊俊に届けさせ、楊俊は喜寧を捕らえて京師に送り、磔刑に処した。

也先の和議と上皇送還の交渉

也先は宣府・大同で英宗を擁して開城を迫るが、朱謙・郭登らに阻まれ再度失敗する。脱脱不花との不和も深まり、也先は利のない上皇を抱えるより明との和議・送還に転じることを決める。 朝議では太監興安の皮肉な発言や、迎接反対論と賛成論が対立するが、王直・胡濙らの上奏により使者派遣が決まり、右都御史楊善・中書舎人趙栄が正使として派遣される。楊善は私財を投じて贈答品を用意し、也先との対話で貢馬の恩賞や信義・天道を説いて心服させ、ついに上皇の送還を実現させた。伯顔帖木児との別離の場面も描かれる。

英宗の帰京と南宮幽閉

景帝は簡略な儀礼で上皇を迎え、上皇は南宮に入る。名目上は尊崇されるが実質は幽閉に近く、朝賀も許されない。景帝は也先・脱脱不花との交流にも神経を尖らせ、贈答の規模を制限する。

諸王の反乱と平定

岷王の子広通王徽煠・陽宗王徽焟が景帝の即位に不服で苗族を煽動して蜂起を企てるが、兄鎮南王徽煣の密告により捕縛・幽閉される。

東宮の交代(易儲)

景帝は実子見済を皇太子に立てたいが、既に甥の見深が皇太子であるため躊躇し、太監金英に探りを入れるが本心を見透かされる。興安らと密議を重ねる中、広西の獄中にあった黄竑が易儲を勧める上奏を行い、これを口実として群臣に諮る。反対の声もあったが太監興安の圧力で押し切られ、見済が皇太子に、見深は沂王に降格された。皇后汪氏はこれに強く反対し、景帝との間に亀裂が生じる。

評語

末尾の詩は、郕王の摂政がいつしか帝位簒奪へと転じ、なおも野心を満たそうとして正妻を廃するに至った経緯を、巧言を弄しても天理には逆らえないと詠じて批判している。