明史演義雉堞に登り張天祐を驚かす/虎穴を探り孫徳崖と会す(第 四 回 登雉堞語驚張天祐 探虎穴約會孫德崖)

脱脱軍の滁陽攻撃と朱元璋の防戦

元の丞相脱脱が高郵の張士誠を破った勢いで六合を包囲し、元璋は救援に赴くが劣勢のため策を用いて元軍を退かせる。その隙に脱脱は別動隊で滁陽を急襲する。元璋不在のまま元軍が迫り城内は混乱するが、元璋が急ぎ帰還して防戦を指揮する。伏兵と誘い出しの計略で元軍を川で打ち破り、大勝を収める。まもなく脱脱が讒言により失脚・処刑されたとの知らせが届き、元璋はこれで元軍の脅威が薄れたと安堵した。

胡大海の来帰、和陽攻略の計略

虹県から胡大海が投じ、先鋒に任じられる。至正十五年、滁陽の兵糧が窮乏する中、元璋は和陽城の穀物を奪う計略を献策する。廬州から得た兵を北軍の装いにして糧食運搬を装わせ、油断させて城門を開かせたところを、後続の別動隊が合流して一気に攻め落とすという計画である。

張天祐・耿再成の失策と湯和の奇功

計略の実行部隊のうち、張天祐は和陽近郊で村人の歓待に応じて長居し、合図を遅らせてしまう。先に到着した耿再成は合図がないまま元軍に攻撃され、負傷して退却する。混乱の中、天祐の別動隊が元軍を撃退して城に達すると、すでに元璋配下の湯和が別ルートから密かに城を落としていた。天祐は面目を失いつつも合流し、和陽の攻略が成った。

元軍の招降状拒絶

元軍から降伏を促す使者が来るが、元璋は威儀を示して使者に屈辱的な扱いをさせつつも、殺害はせず追い返すことで元軍に警戒心を植え付ける戦術をとった。

和陽の軍紀粛正

元璋は和陽に入り、天祐配下の略奪行為を戒め、諸将の反発を抑えて軍議での主導権を確立する。築城工事を自ら期日どおりに終えて範を示し、命令違反は斬に処すと厳命して軍紀を引き締め、略奪した財物・婦女を住民に返還させて民心を得た。

陳埜先の襲撃撃退

元の残党である禿堅・絆任馬・陳埜先らが和陽の補給路を脅かす中、元璋は各所を攻めて敵を退けるが、その隙を突いて陳埜先が和陽を奇襲する。留守を預かる李善長がこれを予知して迎撃し、撃退に成功した。

孫徳崖との確執、郭子興の急死

食糧を求めて和陽を訪れた孫徳崖を元璋がもてなしていたところ、子興が自ら兵を率いて徳崖を捕らえに来る。板挟みになった元璋は徳崖を逃がして事なきを得るが、子興はこれに激怒する。まもなく子興は病に倒れて急死し、その遺子天敘の知らせを受けた元璋は滁州に駆けつけて喪に服し、旧臣らの推挙で統帥の地位を継いだ。

濠州での鴻門の会

子興の死を知った孫徳崖は、元璋が濠州の統帥を無断で継いだことに憤り、部将の献策により和解の宴と称して元璋を濠州に誘い出し、謀殺しようと図る。徐達らの制止にもかかわらず元璋は「漢の高祖の鴻門の会」を引き合いに出して赴くことを決め、護衛の兵と将を伴って濠州に入る。酒宴の席で徳崖は統帥の座を要求し、拒まれると兵を呼び入れて元璋に刃を向けさせる。(詩:内輪の争いの中にこそ豪傑の試練があると詠み、元璋の命運の行方を次回に持ち越す)