明史演義従軍し幸い佳人を娶る/孤城を守り義によって主将を救う(第 二 回 投軍伍有幸配佳人 捍孤城仗義拯主帥)
郭子興軍への参加
濠州に着いた元璋は主帥に直接面会を求め、番兵に縛られて連行されるが、堂々とした態度と姿から主帥郭子興の目に留まり、召し抱えられて親兵となる。以後の戦で先陣を切って奮戦し、子興の信頼を得ていく。
馬氏との縁組
子興の妻張氏は元璋の器量を見込み、義女の馬氏を娶らせるよう勧める。子興も承知し、元璋と馬氏は縁組する。馬氏は子興の旧友・宿州の馬公の遺児で、父の死後に子興夫婦に引き取られ、聡明で物腰の落ち着いた娘に育っていた。婚礼は城内で盛大に執り行われ、以後元璋は「朱公子」と呼ばれるようになる。
讒言と幽閉、蒸餅の逸話
子興の実子二人は、素性の卑しい元璋が婿として重んじられることを快く思わず、専横だ、異心を抱いているなどと讒言を重ねる。子興はついにこれを信じ、元璋をある事件で別室に幽閉し、二子は密かに食事を絶たせようとする。これを知った馬氏は蒸し餅を懐に隠して届けようとし、義母張氏に見咎められて事情を打ち明ける。餅の熱で胸に火傷を負っていたことに張氏は涙し、元璋への疑いを子興に説いて解かせ、二子を厳しく叱責した。
濠州攻防と元軍撃退
その後、彭大・趙均用らが濠州に投降し、子興は歓待するが、元軍の将賈魯が城に迫る。元璋は籠城による持久策を進言するが、彭大の主戦論により出城して戦い、劣勢に陥る。元璋の奮戦で辛くも城を守り抜いた。
内紛(趙均用・孫德崖)
彭大と趙均用の間、また子興と孫徳崖の間にそれぞれ確執が生じ、趙均用は徳崖と結んで子興を排除しようと画策する。子興も元璋もこの陰謀に気づいていなかった。
徳崖邸への突入と子興救出
ある夜、子興が徳崖に誘い出されたまま行方が知れなくなり、張氏と馬氏の急報を受けた元璋は兵を率いて徳崖邸に踏み込む。徳崖・均用は抵抗するが、駆けつけた彭大の助勢もあり、元璋は屋敷の奥で鎖につながれた子興を発見して救出する。元璋は徳崖と均用に、内輪もめをやめて共に大義を図るよう諭して立ち去った。
二十四将の募集
賈魯が陣中で病死し元軍が退いた後、元璋は新兵七百名を募集し、その中から徐達・湯和ら二十四名の有為の人材を得る。子興は元璋を鎮撫に任じ、募兵の統率を委ねた。
徐達の進言と定遠出兵
徐達は元璋に、子興の温厚さと徳崖の専横、彭・趙の対立の中で危険な立場にあることを指摘し、遠方への出兵を機に脱するよう勧める。元璋は二十四人の精鋭だけを率い、他の兵は濠州に残す形で子興の許しを得て、定遠へ向けて出発した。(詩:籠を破って羽ばたく鳳、穴を出て飛び立つ龍に例え、雄飛の門出を詠む)