明史卷一百四十六 列傳第三十四 陳志

出自と封爵

  • 陳志は巴の人。洪武中に燕山中䕶衞指揮僉事となり、挙兵に従って都指揮同知に累遷し、遂安伯に封ぜられた。
  • 陳志は平素から恭謹で知遇を得、軍務に力を尽くして終始怠らなかった。永樂八年(1410年)五月に卒した。

子孫の相承

  • 孫の瑛が嗣ぎ、たびたび塞外に出るのに従い、永平・山海・薊州を鎮守し、雲州・獨石に築城した。闊達で将才があったが、貪欲で残酷で怨む者が多かった。卒した。
  • 子の塤が嗣ぎ、土木で戦没した。諡は榮懷。弟の韶が嗣ぎ、卒した。
  • 孫の鏸が嗣ぎ、薊州の兵を統べ、朶顔が侵入したのを防ぎ退けた。嘉靖の初め、奉迎の功を叙されて太子太保を加えられ、少保に進み、その委任の重さは武定侯郭勛に次いだ。伯を嗣ぐこと六十余年で卒した。さらに五代を伝えて明が亡んだ。