明史卷一百四十六 列傳第三十四 張興

出自と封爵

  • 張興は壽州の人。卒伍から身を起こして燕山右䕶衞指揮僉事となり、挙兵に従って功が多く、都指揮同知に累遷した。
  • 従子の勇は力があり果敢に戦い、張興に従って陣中で手足のように働いた。張興はかつて単騎で敵を追って数十か所の傷を負い、重傷で戦えなくなったので、勇に指揮使を嗣がせてその兵を代将させた。
  • 再度の論功で張興は安鄉伯に封ぜられた。永樂五年(1407年)正月に卒し、子が無かったので勇が嗣いだ。

子孫の相承

  • 勇は永樂八年(1410年)の北征に従って軍律を失し、交阯に謫せられたが、赦されて還り爵を復し、卒した。
  • 子の安が嗣ぎ、正統十二年(1447年)に廣東を鎮守した。黄蕭養が廣州を寇したとき、安は舟師を率いて戙船澳で賊に遭遇したが、安はちょうど酔って寝ており、官軍は支えきれず沙角尾まで退いた。賊が迫って軍は潰え、安は溺死した。
  • 爵は光燦まで伝わり、光燦は流寇に殺された。