明史卷一百四十六 列傳第三十四 孟善

出自と靖難

  • 孟善は海豐の人。元に仕えて山東樞密院同僉となり、明初に帰順した。大軍の北征に従って定逺衞百戸を授かり、雲南平定に従って燕山中䕶衛千戶に進んだ。
  • 燕の軍が起こると松亭關を攻め、白溝河で戦い、いずれも功があった。
  • のち保定を守った。南軍数万が城を攻めたが、城中の兵はわずか数千。孟善は固守して城を保った。
  • 右軍都督同知に累遷し、保定侯に封ぜられ、禄は千二百石。

鎮遼と致仕

  • 永樂元年(1403年)に遼東を鎮守。七年(1409年)に北京へ召還されたとき、鬚も眉も真っ白であった。帝は憐れんで致仕を命じた。
  • 十年(1412年)六月に卒し、滕國公を贈られ、諡は忠勇。

子孫の相承

  • 子の瑛が嗣ぎ、左軍を率いて再び北征に従い、糧餉の輸送を監督した。仁宗が即位すると左參將として交阯を鎮守した。
  • 庶兄で常山䕶衞指揮の賢が永樂中に趙王を擁立しようと謀った事に連坐し、爵を奪われて鐵券を毀たれ、雲南に謫せられた。宣徳六年(1431年)に放還され、宣府で為事官に充てられた。英宗が即位して京衛指揮使を授かり、卒した。
  • 子の俊が嗣ぎ、天順の初めに恩詔によって伯爵を与えられ、卒した。子の昂が嗣ぎ、卒して爵は除かれた。