明史卷一百三十二 列傳第二十 謝成

戦功と罪死

  • 謝成は濠の人。滁州・和州を陥とすのに従い、渡江して集慶を平定し、總管を授かった。寧國・婺州を陥として管軍千戸に進み、鄱陽に戦い、武昌を平らげ、蘇州・湖州を落として指揮僉事に進んだ。
  • 大軍に従って中原を征し、元の都を陥とし、慶陽を攻め、定西を衝いて、都督僉事・晉王府相となった。
  • 沐英に従って朶甘を征し、切實嘉を降し、洮州十八族を平らげた。
  • 洪武十二年(1379年)、永平侯に封じられ、祿二千石、指揮使を世襲とされた。
  • 洪武二十年(1387年)、張温とともに納克楚の残衆を追討し、召し還された。洪武二十七年(1394年)、事に坐して死に、その田宅を没収された。