民國演義第六十五回 龍覲光、孤営困を受け、陸栄廷、正式に師を興す (龍覲光孤營受困 陸榮廷正式興師)
馬継増の急死と龍覲光軍の雲南侵攻
- 馬継増、辰州着任の翌夜に原因不明の急死を遂げる(全身に青黒い痣があり毒殺と目される)。後継が決まらず湘・黔両軍は動きを止める。
- 龍覲光配下の李文富が滇入りの要衝・剝隘を占領、龍覲光は連戦連勝を中央に報告して勲章を受ける。龍体乾も蒙自・箇旧方面へ侵入し、龍覲光は百色に進出して指揮を執る。
陸栄廷、独立を決意
- 広西将軍陸栄廷は病気療養中、長男・裕勛が見舞いのため南下する途上、漢口で急死する(袁の謀殺と疑われる)。陸は哀悼の袁の電報に対し表向き謝意を返しつつ、独立を決意。軍餉百万・銃五千梃を要求して貴州宣撫使を拝命する。
- 梁啓超が来訪し討袁への協力を説く。将軍署内の会議で陳炳焜が、袁の裏切り・子の毒殺・旧主岑春煊の勧告無視を挙げて独立を進言、陸は決意を固め全軍の前で討賊の誓いを立て、陳炳焜らも唱和する。
- 馬済の別働隊を百色方面へ進ませて龍軍の後方を断ち、陸自身は柳州へ進発する。
龍軍の壊滅
- 李烈鈞・唐継堯配下の滇軍が三方から龍軍を挟撃する態勢を整える。馬済配下の営長・黄自新が偽って龍軍に投じ、戦闘中に龍軍内部から攻撃を仕掛けて混乱させる。
- 龍軍は総崩れとなり、龍体乾配下の部隊も離反、百色に追い詰められた龍覲光・龍体乾は絶望する。姻戚関係にある陸栄廷夫人に泣きついて助命を乞い、機関銃・大砲・銃・現銀を差し出して降伏、残兵は馬済麾下に編入される。
袁世凱の麻雀と広西からの通牒
- 袁世凱は寵妃洪姨の誕生祝いで高価な翡翠の麻雀牌を用いて興じるが負け続け、汪姨に和了を阻まれて激怒する(帝制不成の予兆として描かれる)。
- そこへ広西から緊急電文が届く。陸栄廷・梁啓超・陳炳焜ら連名で、帝制強行による失政と国難を非難し、即時辞職を勧告、24時間以内の回答を求める内容であった。
- 翌日の御前会議で対応を協議、袁は王祖同・龍済光への働きかけなど懐柔策を試みる一方、陸栄廷らを牽制する電文を送る。
広西独立の宣言
- 龍覲光敗北の報が届く中、御前会議は動揺する。王祖同からも「陸はすでに独立、挽回不可能」との返電が届き、袁は龍済光に防備を命じ、江西・湖南方面にも増援を指示する。
- 3月16日、広西軍官連名の通電(帝制の非を挙げ陸栄廷を都督に推戴)と、陸栄廷名義の通電(各省への討袁協力の呼びかけ)が発せられ、広西独立が正式に宣言される。
- 陳炳焜が省内を代理統治、外国領事へも通商継続を通告。百色では龍覲光が檄文を読まされて屈服、後に陸栄廷の温情で脱出を許される。巡按使・王祖同も辞任して去る。
評語
広西独立は帝制への大きな打撃であり、護国軍の勢いが衰えかけた時期にこれを後押しした点で陸栄廷の決起は大きな意味を持つ、と評される。陸が長らく独立を躊躇した背景には財政基盤の弱さがあったが、長男の急死や梁啓超・陳炳焜らの説得を経て決断したのは、結局は袁自身が招いたことだと論じる。また作中の賭博の挿話は、袁一族の奢侈と内部崩壊の予兆を示す挿話として位置づけられている。