民國演義第五十四回 京邸捜索さる宵に虎吏来たり、津門餞別の夜驪歌を贈る (京邸被搜宵來虎吏 津門餞別夜贈驪歌)
蔣士立負傷と袁乃寬の讒言
籌安会東京支部の蔣士立が民党の若者に襲われ負傷した知らせに、袁世凱は憤る。そこへ甥の袁乃寬が、蔡鍔が唐継堯・任可澄と通じて帝制に反抗する動きがあると讒言し、確証もないまま蔡鍔邸の家宅捜索を進言する。袁はこれを容れ、歩軍統領・江朝宗と警察総庁長・呉炳湘に手配させる。
蔡鍔邸の家宅捜索
夜、軍警が蔡鍔邸に踏み込み、書類箱を隅々まで探るが、目立った証拠は見つからず、小鳳仙の写真と宴会の招待状の控えだけを持ち去った。知らせを受けた蔡鍔は雲吉班で動じず、機密文書は既に処分済みと小鳳仙に打ち明ける。
内務総長の陳謝
翌日、内務総長・朱啓鈐が蔡鍔を招き、捜索は「手違い」であったと詫び、写真も返却する。実はこの騒動、小鳳仙に言い寄って拒まれた袁乃寬の私怨による讒言だったことが後に判明する。蔡鍔はこれを機に脱出を決意し、小鳳仙に梁啓超(かつての師)を訪ねる名目で天津行きを持ちかける。
天津への脱出
翌日、蔡鍔は小鳳仙を伴い自動車で人目につくように出かけて見せた後、こっそり列車で天津へ向かう。天津では梁啓超はすでに南方へ発った後だった。旅館で蔡鍔は南下して挙兵する意向を小鳳仙に明かす。小鳳仙は同行を望むが、蔡鍔は「共和の前途のため」と諭し、餞別の席を設けさせる。小鳳仙は即興で詞を三首書き記し、蔡鍔の武運と再会を祈る思いを託した。
(詞:戦への旅立ちを送り、再会を願う内容の三首)
金蟬脱殻の計
翌朝も監視の目が続く中、蔡鍔は病気療養の願書を郵送し、日本人医院に通う体を装う。ある夜、故意に酒に酔って夫婦喧嘩を演じる芝居で偵探の目をそらし、腹痛を訴えて厠へ立った隙に裏口から脱出、単身で港へ向かい日本郵船「山東丸」に乗って日本へ密航した。残された小鳳仙も宿を引き払って先に帰京し、偵探たちは蔡鍔の行方を見失う。
東京からの手紙
その後、蔡鍔から袁宛てに、病気療養と称して密かに日本へ渡ったこと、海外華僑への説得に努める旨を記した書簡が届く。袁は激怒しつつも表向きは咎めず、駐日公使・陸宗輿に監視を命じ、さらに蔡鍔が雲南へ迂回すると見越して蒙自に刺客を潜ませる手配をした。
京では小鳳仙が楊度・阮忠樞らの問いに素っ気なく応じ、蔡鍔が単身で去ったことを袁に伝えるにとどまった。
評語
本回は蔡鍔の智略と小鳳仙の聡明さを対にして描き、京邸捜索から天津での別れまでを丹念に語る。密航の場面はことさら曖昧模糊として描かれ、読者に真相を悟らせない筆致となっている。小鳳仙の言葉を借りて人物を伝えるという手法自体が、作者の狙いそのものである。