民國演義第二十回 宋教仁、弾に中りて命を捐て、応桂馨、謀を泄らし拘案さる (宋教仁中彈捐軀 應桂馨泄謀拘案)

宋教仁、狙撃される

  • 宋教仁は上海から南京行きの列車に乗ろうとして駅の改札口で背後から銃撃され、腰部に被弾する。続けて二発が放たれたが他に負傷者はなく、駅は騒然となる。犯人はその場から姿を消し、黄興らが宋を助け起こして自動車で滬寧鉄路医院へ運ぶ。
  • 医院で夜半、于右任にだけ付き添われた宋は、蒼白な顔で遺言を託す。南京・東京に預けてある蔵書はすべて南京図書館に寄贈すること、貧しい老母の世話を黄興らに頼むこと、自分の死で退くことなく同志は国民の責務を全うすること、の三点である。南北融和に苦心した末に暴徒の凶弾に倒れたことを嘆きつつも、自らの因果と受け止める言葉を残す。
  • 黄興が代筆し、宋の名で袁世凱総統宛に電報を送る。身に覚えのない怨恨で撃たれた無念と、憲法を確立し民権を保障してほしいという願いを訴える内容。
  • 医師が到着し傷を検分するが、弾は右腰から心臓近くまで達しており重体と判断。摘出手術の末、いったんは持ちこたえるが痛みは激しく、翌日には腸の損傷も判明して開腹手術を行う。手術後も容体は悪化し、黄興らに看取られながら「後事は頼む」と言い残して息を引き取る。享年三十二。

葬儀

  • 陳其美ら同志が号泣して悲しむ。遺骸を撮影したのち大殮を行い、湖南会館へ柩を移して盛大な葬列が営まれる。
  • 事件は上海国民党交通部に次々と報告され、袁総統も二度にわたり弔慰と犯人厳探を命じる電報を発する。

捜査の展開と応桂馨の逮捕

  • 江蘇都督程徳全・上海の官憲・国民党が競って懸賞をかけ、犯人を追う。折しも「救国協会」を名乗る者から、宋の死を嘲弄する不気味な脅迫めいた郵便が届き、単独犯ではなく組織的な犯行であることをうかがわせる。
  • 上海租界で、共進会会長・江蘇駐滬巡査長の肩書を持つ応桂馨(桂馨、字夔丞)が妓楼で逮捕される。発端は、応から人物写真を見せられ「始末できれば千元払う」と持ちかけられた骨董商・王阿法が、友人を通じてこの話を国民党側に密告したことによる。
  • 応の自宅を捜索し、大量の書簡や文書を押収。屋内にいた男装の婦人や訛りのある見知らぬ男らも身柄を拘束される。滬寧鉄路の駅員が呼ばれ、拘束者の中から狙撃犯の顔を確認させたところ、口に山西訛りのある見知らぬ男を指して「この男だ」と証言し、その男は顔色を失う。

評語

  • 宋教仁は国民党随一の俊才でありながら年少気鋭ゆえに人の恨みを買い、非業の死を遂げたことを惜しむ。応桂馨は取るに足らぬ小人物にすぎず、私怨もないのに利用されて凶行に加担したにすぎない。宋の死も応の破滅も、いずれも「値しない」死であり、この一件は民国の前途に暗い影を落とすものだと結ぶ。