民國演義第九回 袁総統、約法を宣布し、唐首輔、閣員を組織す (袁總統宣佈約法 唐首輔組織閣員)

参議院の祝辞

袁世凱の就任宣誓を受け、南京参議院は「臨時約法を厳守し、輿情に逆らわず専断を避けよ」と釘を刺す祝辞を送り、大総統の璽綬を授けた。

臨時約法制定の経緯(米制から仏制へ)

中国にはもとより民主政体の先例がなく、外国の共和制を参考にするほかなかった。当初の臨時政府組織大綱は、各省が連合して独立した米国建国の経緯に倣い、内閣を置かず総統に行政責任を集中させる米国式であった。だが南北統一後は単一国家として中央集権を図り、あわせて袁の権限を抑える狙いから、内閣総理が行政責任を負うフランス式の内閣制に改められた。参議院は数十日かけて条文を練り上げ、全7章56条の「中華民国臨時約法」をまとめ、袁もこれを了承して就任翌日に公布した。

臨時約法の内容

  • 総綱:中華民国は国民全体の主権に基づき、参議院・臨時大総統・国務員・裁判所が統治権を行使する。
  • 人民の権利義務:法の下の平等、身体・住居・財産・言論結社・信書・居住・信教の自由、請願・訴訟・任官・選挙・被選挙の権利、納税・兵役の義務を定め、公益上必要な場合に限り法律で制限できるとした。
  • 参議院:立法権を持ち、各省・内外蒙古・チベット・青海から選出された議員で構成。法律案・予算決算・税制・公債などを議決するほか、大総統の弾劾(総員5分の4出席・4分の3可決)や国務員の弾劾権も定めた。
  • 臨時大総統・副総統:参議院が選挙し、法律の公布・軍の統率・官吏任命(国務員・大使公使は参議院同意が必要)・宣戦講和・戒厳宣告などの権限を持つ一方、参議院の議決に異議があれば10日以内に理由を示して再議を求められるとした。
  • 国務員:国務総理と各部総長を指し、大総統を補佐しその責任を負う。法律公布や命令発布には副署を要し、参議院での弾劾を受ければ大総統は原則罷免しなければならない。
  • 裁判所:大総統・司法総長が任命する裁判官で構成し、独立した審判権を保障、公開審理を原則とした。
  • 附則:公布後10か月以内に国会を招集すること、正式憲法は国会が制定し、それまでは本約法を憲法に準ずるものとすることなどを定めた。

唐紹儀の内閣組織と官制改革

袁は約法に基づき唐紹儀を国務総理に任命、参議院の同意も得て組織に着手する。唐は九部を十二部に改編しようとするが、南北双方の関係者が部職を望む思惑もあり、参議院の反対で実現せず、結局実業部門を工商・農林の二部に分けるにとどめ、十部編成で落ち着いた。

各部総長の人選

3月29日、唐紹儀は参議院に各部総長名簿を提出する。外交・陸徴祥、内務・趙秉鈞、財政・熊希齡、陸軍・段祺瑞、海軍・劉冠雄、司法・王寵惠、教育・蔡元培、農林・宋教仁、工商・陳其美、交通・梁如浩の面々で、教育の蔡元培以外はほぼ入れ替わった。段祺瑞・劉冠雄・趙秉鈞は袁の腹心、宋教仁・陳其美・蔡元培・王寵惠は同盟会系という混成であったが、要職はいずれも袁系で固められた。梁如浩のみ参議院の同意を得られず、交通総長は唐紹儀が兼務することとなった。

孫文の正式辞任

唐内閣の成立を受け、4月1日、孫文は参議院に赴いて正式に解職の礼を行い、退任の宣言をした。

評語

著者は臨時約法を「中華民国憲法の嚆矢」として重んじ、後に袁世凱が一時これを廃したものの帝制崩壊後に復活した経緯を評価し、本書に全文相当の内容を記録する意義を説く。一方で唐紹儀の内閣人事については、内務・陸海軍など要の部署はことごとく袁の腹心が占め、教育・司法・農林・工商といった袁が軽んじた部署にのみ同盟会系を配したにすぎないと指摘し、「同盟会内閣」と呼ばれながら実態は袁系内閣であったと断じている。