明季南略永明王始末 孫可望、滇に入る 永暦二年 1648年

孫可望入滇

  • 張献忠没後、孫可望は貴州定番州に拠っていたが、雲南の沐府の財宝が沙定洲に奪われたと知り激怒、丙戌七月、雲南へ進軍。定洲は既に本拠地へ撤退しており、可望は空の沐府を接収するにとどまったが、沐天波の復讐に協力する形で沙定洲討伐を進め、十一月には二千の精鋭で定洲の拠点を包囲。翌戊子二月、定洲・范氏夫婦とその一族を捕らえ、沐府の財宝もろとも接収した。可望は捕らえた者たちの皮を天波の目前で剥ぐという残虐な処刑を行い、天波はこれに叩頭して謝意を示したと伝わる。こうして孫可望は雲南を実質的な支配下に置くこととなった。