明季南略閩紀 辛卯年 1651年

曾櫻、自縊す

  • 曾櫻は江西臨江府の人、万暦四十年(壬子)の挙人。地方官として各地で善政を敷き、崇禎年間には登萊巡撫として清軍侵入時にも管轄地域を守り抜いた実績を持つ。隆武朝で工部尚書兼東閣大学士に起用され、吏部の人事を公正に運用、揭重熙・傅鼎銓ら後に節義を示す人材を見出したことでも知られる。隆武帝の建寧移駐に伴い福州留守を託されたが、清軍の侵攻で防衛が崩れると家族を連れ海外へ逃れ、鄭成功のもとに身を寄せた。五年後、その地にも兵禍が及ぶと「死を待っていたが、もはやその時が来た」と述べ、辛卯三月一日、自ら縊死した。