明季北略清朝建元 神宗 萬暦四十四年丙辰 1616年
清朝建元
- この年、後の清(当初は後金)の太祖が建国し、元号を天命と定めた。自ら中国を「南朝」と呼び、黄衣を着て「朕」と称した。
- 太祖の在位は天啓六年(1626年)八月十日まで凡そ十一年に及んだ。
附記(関聖帝君の託宣)
- 康熙三年、先父が語ったところによると、ある道士が壮年の頃、江西の張天師が北京で行った法事に立ち会った際、天上の諸神がみな不在で関聖帝君だけが天門を守っていた。天師が理由を尋ねると、関聖は「新しい天子が世に出たので、諸神は下界へ擁護に行った」と答え、自分は「明朝の厚恩を受けたので行かない」と述べたという。当時は神宗晩年で天下は平穏、誰もこの話を信じなかったが、後にその通りとなった。
異象
- 広寧で人頭人面の子牛や二本角の猿が生まれるなど怪異が相次いだ。
- 二月二十五日、南京で西北方から音を伴う地震。山東でも地震と龍の争うような現象。正陽門の河水が三里にわたり血のように赤くなり、京師でも大きな地震。
- 六月、蜻蛉の大群が東南から飛来し空を覆う異常現象。秀水では人頭鳥身の異鳥が樹上に終日とどまった。
- 大旱魃、特に秋に激しく、定遠の富農劉子元が捕えたイナゴが逆に彼の田を食い尽くした。
- 正月三日、南京で赤い雪が降った(唐の貞元二年に京師で赤雪が降った故事と同様とされる)。四月、京師で激しい雷鳴と落雷。五月、江西で洪水。六月、京師で異様な暴風があり正陽門外の牌坊が倒された。これらの凶兆にもかかわらず、神宗は政務を顧みず、宰相方从哲もただ沈黙して事なかれ主義に終始した。