舊五代史卷十三 梁書第十三 時溥

徐州での興亡

  • 時溥は徐州の人。唐中和初年、秦宗権討伐に功を挙げ節鉞を授けられた。
  • 太祖との争いが続き、光啓から大順にかけて汴軍がたびたび徐州を攻めた末、朝廷は溥に鎮の移転を命じたが、溥はこれに従わず抗戦を続けた。兖州の朱瑾が救援に来たが果たせず、城内は飢餓と疫病に苦しんだ。
  • 太祖配下の王重師・牛存節が夜襲で城に入り、溥は妻子とともに楼に登って焼身し果てた。景福二年(893年)のことで、徐州は汴に帰した。