舊唐書卷一百八十七下 列傳第一百三十七下 張伾

張伾

  • 建中初年、澤潞将として臨洺を守り、田悅の攻撃に対し兵力不足を承知で嬰城固守、糧が尽きると娘を将士の前に出し「これを売って一日の兵糧に充てよ」と申し出て将士を感奮させた。馬燧の援軍で城は解囲、功により泗州刺史、のち右金吾衛大将軍に任じられる詔が届く前に病没、貞元二十一年(805年)尚書右僕射を追贈された。
  • 子の張重政を軍吏が郡将に推そうとした際、母徐氏が固く辞退させ節義を貫いたため、朝廷は重政と母徐氏の双方を表彰する詔を下した。