舊唐書卷一百八十七上 列傳第一百三十七上 張道源
張道源
- 并州祁の人。十五歳で父を喪い孝行で知られた。友人の急死に際し人目を憚らず亡骸に添い泣いた逸話がある。高祖の挙兵で大将軍府戸曹参軍、京城平定後は山東を撫し燕・趙の地が帰順した。范陽郡公に封ぜられ大理卿に至った。
- 罪人の家産を賜与された際「人の否泰は常のこと、自分の栄達のために他人の不幸を利用してはならない」と全て辞退した。太僕卿・相州都督を歴任、武徳七年(624年)任地で卒し工部尚書を追贈、謚は節。九卿を歴任しながら死去時の家財は粟わずか二石であったため高祖は驚き布帛三百段を賜った。
族子 楚金
- 楚金は孝行で聞こえ、州が鄉貢進士に推す際、兄越石を差し置いて自分を推そうとしたのを固辞して共に退いた(都督李勣は「相譲る心こそ貴い」と両者とも登用した)。高宗朝、刑部侍郎。妖星が現れた際に得失を極言して優詔と帛二百段を賜った。則天朝、吏部侍郎・秋官尚書、南陽侯に封ぜられたが酷吏周興に陥れられ嶺南に流され配所で卒した。『翰苑』三十巻、『紳誡』三巻を著した。