舊唐書卷一百八十六下 列傳第一百三十六下 毛若虛

毛若虛

  • 絳州太平の人、眉毛が目を覆う容貌で残忍な性格。蜀川県尉から天宝末年に武功丞、六十余歳で肅宗のもとで監察御史となった。国用不足の折、財貨徴収の策で寵用され、鞫問前に贓額を先に定めるほど強引な取り立てを行った。
  • 乾元二年(759年)、鳳翔府の押官が略奪を行い県尉謝夷甫が私刑で殺した事件で、李輔国の意を受けた孫瑩・崔伯陽らが実情を明らかにできなかったが、若虛が推鞫し夷甫に罪を帰した。伯陽と口論になった若虛は肅宗に直訴し、伯陽ら十余人を嶺外に流罪とし、これに連座して宰相李峴も貶められた。若虛は御史中丞に抜擢されるが、上元元年(760年)賓化尉に貶され死去した。