舊唐書卷一百八十六上 列傳第一百三十六上 傅遊藝
傅遊藝
- 衛州汲の人。載初元年(690年)、合宮主簿・左粛政台御史から左補闕を経て武氏の符瑞を称える上書で則天に喜ばれ給事中に抜擢、数月で同鳳閣鸞台平章事、さらに同月中に朝散大夫・鸞台侍郎に進んだ。革命の年に武氏の姓を賜り、翌年銀青光禄大夫に至った。
- 兄の神童も冬官尚書となり兄弟で栄寵を受けたが、湛露殿に登る夢を語ったことを密告され誅殺された。当時「一年で青から緑、緑から朱紫へ」と四季仕官と揶揄された。則天の意を迎合して李氏皇族を誣告したため、神龍初年に子孫は禁錮された。
- 遊藝は則天に六道使を派遣させることを進言し、その死後もこの策が実行され万国俊らの大量殺戮につながった。