舊唐書卷一百七十六 列傳第一百二十六 周墀
出自と経歴
- 周墀、字は徳升、汝南の人。祖父は頲、父は霈。墀は長慶二年に進士第に登り、太和末、累進して起居郎に至った。墀は古文をよくし史才があった。文宗はこれを重んじ集賢学士に補し考功員外郎に転じ起居舎人事を兼ねた。開成二年冬、本官のまま知制誥となり、まもなく翰林学士に召された。三年、職方郎中に遷り、四年十月、正式に中書舎人を拝し内職は元のままであった。武宗即位後、華州刺史・鎮国軍潼関防禦等使に出、鄂州刺史・御史中丞・鄂嶽観察使に改められた。会昌六年十一月、洪州刺史・江南西道観察使に遷った。大中初、検校礼部尚書・滑州刺史・義成軍節度・鄭滑観察等使・上柱国・汝南男・食邑三百戸となった。入朝して兵部侍郎・判度支となり、まもなく本官のまま同平章事となり累進して銀青光禄大夫・中書侍郎・監修国史・兼刑部尚書に至った。罷相し検校刑部尚書・梓州刺史・御史大夫・剣南東川節度使となったが赴任前に制を追って検校右僕射に改められ食邑五百戸を加えられた。方鎮を歴任して卒した。