洪秀全演義第三十九回 向軍門丹陽鎮に敗死し、胡林翼武昌城の奪回を窺う (向軍門敗死丹陽鎮 胡林翼窺復武昌城)

廬州攻略

洪天王と李秀成は、廬州奪還を図る清の舒興阿・玉山らの軍を各方面から破り、廬州を回復した。

向榮の金陵攻撃と敗走

金陵が向榮・張国梁に狙われているとの報を受け、洪天王は李秀成の献策により廬州方面から東進しつつ金陵と連携する態勢を整えた。向榮は鎮江と金陵を同時に狙って兵を分けたが、楊輔清・吉志元・李秀成の反撃を受け、張国梁の部隊も向榮本隊も各地で敗北を重ね、最終的に丹陽まで敗走した。

向榮の死

李秀成は向榮に挑発的な檄文を送りつけた。向榮はこれを読んで激昂して吐血し、まもなく死去した。清廷は向榮を厚く弔い、和春と張国梁を後任の欽差大臣とした。

武昌攻防

洪天王が向榮の死を喜ぶ中、鄂督官文・鄂撫胡林翼らが武昌を攻めているとの急報が入る。李秀成は自ら援軍として出陣することにした。武昌守将の譚紹洸は城の各所に地雷を仕掛けて清軍を誘い込む策を取り、清軍が城壁を突破した直後に爆発させ、多数を殺傷することに成功した。