洪秀全演義第十五回 胡林翼冷笑して兵書を投げ、曾国藩旨に遵い団練を興す (胡林翼冷笑擲兵書 曾國藩遵旨興團練)

湖南巡撫張亮基の対応

  • 石達開の檄文で湖南一帯が動揺。巡撫張亮基は朝廷に急報し、咸豐帝は賽尚阿を召還、勞崇光を広西軍務に、葉名琛を両広総督に任じる一方、張亮基に団練興起を命じる。

胡林翼の人物と持論

  • 胡林翼は功名心の強い翰林出身の官僚で、曾国藩・左宗棠・郭意誠と親交を結び自らを「新亮(新たな諸葛亮)」と任じる。
  • 羅澤南を訪ね、兵法書に頼る姿勢を軽んじ、実戦の才こそが将たる資質だと持論を展開する。
  • 郭意誠との立ち話でも曾国藩を評し、才は乏しいが福運に恵まれる人物だと評する一方、自身は誰の下にも甘んじないと語る。

曾国藩の人物像

  • 曾国藩は湘潭出身、道学者を気取るが実際は妓女・春燕との情事や、隠していた皮膚病(癬)を「鱗」と偽るなど、外面と内実に乖離のある人物として描かれる。
  • 弟五人のうち沅甫(国荃)を最も評価しつつも、表向きは弟たちを家に留めようとする。

団練の結成

  • 咸豐帝の諭旨を得て、張亮基から団練興起を命じられた曾国藩は、姻戚の郭意誠の勧めで羅澤南・塔齊布・楊載福を招き、五千の郷勇を五隊に編成する。
  • 弟の国璜の勧めで、末弟の国荃(沅甫)を伴い自ら一隊を統率することとし、他の弟は父母の世話に残す。
  • 団練は着々と整い、戦に備えて訓練を重ねる。