皇清開國方略太祖髙皇帝 乙巳年 1605年
都城の拡張と生業の指導
- 癸卯年(1603年)、太祖は呼蘭哈達南岡から蘇克素護河・嘉哈河の間、赫図阿拉(祖先の旧居地)に城を築いて移り、乙巳年三月にはさらに外郭の大城を築いた(後の興京で、天聰八年より「京」と称される)。
- 人参の採取・加工について、生のまま急いで売ろうとして腐らせていた国人に、乾燥保存の製法を教え、明との交易の利益を大きくした。
- 蒙古喀爾喀巴約特部貝勒達爾漢巴図魯の子恩格徳爾が来朝し馬を献じた。丙午年(1606年)には喀爾喀五部の使者を率いて再び来朝し、太祖に「神武皇帝」の尊号を奉り、以後毎年朝貢するようになった。