皇清開國方略 御製開國方畧聯句

建国前史・太祖の蹶起

  • 長白山の朱果伝説(天女佛庫倫が神鵲の運んだ朱い実を呑んで太祖の始祖布庫哩雍順を生んだという建国神話)に始まり、三姓の推戴を経て俄朶里城に興ったとする(詳細は本ファイル後掲「発祥世紀」参照)。
  • 太祖が明の万暦四十四年(丙辰、1616年)に諸貝勒大臣の推戴により尊号「覆育列国英明皇帝」を受け、天命と建元したことを述べる。
  • 太祖が癸未年に挙兵してから丙辰年の建国までおよそ三十三年を要したとする。

太宗の代の軍事・外交

  • 察哈爾(チャハル)林丹汗を天聰年間に討って蒙古全土を服属させ、伝国の玉璽を得たことに触れる(天聰九年、多爾衮が獲得)。
  • 天聰九年に国号を「大清」と定め、崇徳と改元したことを述べる。
  • 朝鮮の背盟を討った崇徳年間の親征(李倧の江華島陥落・南漢山城降伏、三田渡に碑を立てて太宗の威徳を頌したこと)を概観する。
  • 明将祖大寿の錦州・松山攻略(崇徳七年)による洪承疇ら明将の捕縛を述べる。
  • 崇徳年間二度にわたる入関(多爾衮・岳託、阿巴泰らの遠征)で明の畿内数十県を席巻したことに触れる。

制度・文教の整備

  • 太祖が額爾徳尼・噶蓋に命じて蒙古文字を借りて満洲国書(満文)を創制したことを述べる。
  • 牛录(ニル)制度の起源と八旗(正・鑲の別)の成立過程を述べる。
  • 天命・天聰・崇徳の各年に文館・六部・都察院・理藩院・礼部などの官制が順次整備されたことを述べる。
  • 訟獄の慎重な取り扱い、諫言を求める制度(門外に設けた木・鞀)、学問奨励(挙人・生員への優免)などの内政を述べる。

太祖の人物像・逸話

  • 太祖が寛仁で、降伏者を厚遇し、恨みを長く抱かない性格であったとする逸話(盗牛の疑いをかけた賊を許した話、布占泰を捕らえても殺さず養った話など)を述べる。
  • 戦傷を負っても構わず戦い続けた武勇(翁鄂洛城での被弾、瑪爾墩寨での応戦など)に触れる(詳細は本文各年条参照)。
  • 倹約を重んじた逸話(雪中の狩猟で衣を惜しんだ話)を述べる。

世祖の入関と定鼎

  • 順治元年、睿親王多爾衮が呉三桂の要請に応じ山海関を越え、李自成を一片石で破って北京に入城し、世祖を迎えて定鼎したことを述べる。
  • 清の天下取得は前代の簒奪とは異なり、明への復讐と流賊討伐を名分とした正当なものであると強調する。

纂修の経緯

  • 実録・戦図・全韻詩・盛京賦などの先行編纂物に触れ、乾隆三十八年に阿桂らへ勅命が下り、本書『開國方略』三十二巻が編纂されたことを述べる。
  • 乾隆帝が睿親王多爾衮の名誉回復(乾隆四十三年頃の爵位復旧)や開国功臣の子孫表彰にも言及する。