高士傳卷三 袁閎

隠棲の暮らし

  • 袁閎は字を夏甫といい、汝南の人である。庭の中に部屋を築き、門を閉ざして客に会わなかった。朝夕、部屋の中から母に向かって礼拝したが、たとえ子であっても近づいて姿を見ることは許されず、子もまた戸に向かって拝礼してから去った。
  • 頭に頭巾をかぶらず、身に単衣もまとわず、足には木履を履いた。母が死んでも喪の席には列しなかった。公車から二度徴召されたが、赴かなかった。
  • 范滂は彼を美として称えた。「隠れて親に背かず、貞であって世俗と絶たない。まことに至賢と言うべきである。」