高士傳卷三 韓康

出自と行商での評判

  • 韓康は字を伯休といい、京兆霸陵の人である。常に名山を巡って薬草を採り、長安の市で売った。値切りに応じず一つの値段を通すこと三十余年に及んだ。
  • あるとき女性が康から薬を買い、値切れないことに怒って「あなたは韓伯休ではないか、値切らないというのは」と言った。康は嘆いて「私は名を避けたいのに、こんな一介の女子までもが私を知っているとは、何のために薬を売るのか」と言った。

隠遁と朝廷の招聘

  • そこで霸陵山に逃げ隠れ、博士や公車がたびたび招いても応じなかった。桓帝の時、玄色の礼装と安車を用意して彼を招くと、使者が詔を奉じて康のもとに来た。康はやむを得ず承諾する振りをした。
  • 安車を辞して自ら粗末な柴車に乗り、朝早く出発して先に宿駅に着いた。宿駅の長は徴君の韓康が通ると聞き、人夫と牛を出して道や橋を整備させていた。柴車に幅巾姿の康を見て田舎の老人と思い、その牛を取り上げさせたが、康はすぐに車を離して牛を渡した。
  • しばらくして使者が到着すると、牛を取り上げられた老人こそ徴君であった。使者が宿駅の長を殺すよう奏上しようとすると、康は「これは老人が自ら与えたもので、宿駅の長に罪はない」と言い、事は収まった。
  • 康はそのまま道の途中で逃げ隠れ、天寿を全うした。