高士傳卷二 向長
出自と人柄
- 向長は字を子平といい、河内朝歌の人である。隠居して仕えず、性格は中庸和順を尊び、『老子』『易経』に通じることを好んだ。
清貧の暮らしと招聘の辞退
- 貧しく食にも事欠いたが、篤志の者が贈り物をすると受け取り、必要な分だけ取って残りは返した。
- 王莽の大司空王邑が幾年も招き続けてようやく応じたが、王邑が王莽に推薦しようとすると固く辞退し、それきりとなった。
『易』を読んでの述懐
- 家に籠って『易経』の損益の卦を読み、嘆息して「私はすでに富は貧に及ばず、貴きは賤しきに及ばないことを知った。ただ死が生とどう違うかだけはまだ分からない」と語った。
- 建武年間、子女の婚姻がすべて終わると、「家のことは私に構うな、私はもう死んだものと思え」と申し渡した。
五岳への遊行
- そこで思うがままに、同好の北海の禽慶と共に五岳の名山を遊歴し、ついにその最期は分からなくなった。