高士傳卷二 韓順

出自と隠棲

  • 韓順、字は子良、天水成紀の人。経学と品行の清廉さにより州の役人に招かれたが赴かなかった。
  • 王莽の末、南山に隠れた。

隗囂の招きを拒む

  • 地皇四年、漢が南陽で挙兵し、韓順と同郷の隗囂らも挙兵して自ら上将軍と称し、西州は大いに揺れた。
  • しかし韓順だけは山中で道を修め、節操を変えなかった。
  • 隗囂は韓順の道術が深遠であるとして、璧や帛の贈り物を持たせ、丁重な言葉で使者を送り、師として招こうとした。
  • 韓順は使者を通じて隗囂に断り、「礼には学びに来る者を受け入れることはあっても、こちらから出向いて教えるという道理はない。もし私を師としたいなら、ただ深山に入って来られるがよい」と告げた。
  • 隗囂はこれを聞いて驚いたが、強いて屈服させようとはしなかった。
  • その後、隗囂ら諸勢力は皆滅んだが、韓順だけは山に安住し、清貧のうちに生涯を終えた。