高士傳序

撰述の趣旨

  • 孔子は「逸民を挙げれば天下の民の心が帰する」と説いた。洪崖先生は太古の世に高い道を開き、許由・善卷は唐虞の代にあっても節を屈しなかった。それゆえ『易』には束帛の礼が、『礼』には玄纁の制がある。詩人は「白駒」の歌を作り、『春秋』は子臧の節を顕彰した。明堂月令では季春に名士を招き賢者を礼遇する定めがある。
  • 高潔に譲り合う士を重んじることは王政が最優先すべきことであり、濁を戒め貪を戒める務めである。ところが『史記』『漢書』の記載は多くが欠けている。梁鴻は逸民を頌え、蘇順は高士を分類したが、節を屈した者まで混じり純粋ではない。しかもいずれも秦漢に近い時代のみを扱い、遠い古代には及んでいない。
  • 人を思えばその植えた木さえ愛おしむものであるのに、まして徳を称え事跡を讃えないでよいはずがない。そこで皇甫謐は古今八代にわたり、身を王公に屈せず、名を終始汚さなかった士を集め、堯の代から魏の代まで凡そ九十余人を採録した。ただし伯夷・叔斉のように節を守り通した者や、両龔(龔勝・龔舎)のように出処進退を選んだ者は、すでに広く知られているためここには録さなかった。