金史卷一百五 列傳第四十三 張用直

太子の師傅

  • 張用直、臨潢の人。若くして学行をもって称され、遼王宗幹はこれを聞いて門下に置いた。海陵とその兄の充は共にこれに学んだ。天眷2年(1139年)、宗子に教える功により進士及第を賜り、礼部郎中に除せられた。皇統4年(1144年)、宣徽判官となり横海軍節度副使を歴任、寧州刺史に転じた。海陵が即位すると、簽書徽政院事・太常卿・太子詹事に召された。海陵はかつて用直に「朕は博く経史に通じてはいないが粗略には聞くところがあり、皆卿の平昔の輔導の力である。太子は今学に就いているのでよく導いてほしい。朕父子が共に卿の学を受けるのも儒者の栄えである」と語った。宋国への賀正旦使となり汴で卒した。海陵は深く悼惜し、使者を遣わしてその喪を迎え護らせ、官に道途の費用を給し、喪が至ると親臨し奠を賜り、銭千万を賜った。その養子は当時7歳であったが特に武義将軍を授けられた。