金史卷一百三 列傳第四十一 完顏伊爾必斯

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  • 海蘭路の人、明昌五年(1194年)進士、赫舎哩執中の経歴官として楚州包囲時の縦兵掠奪を諫めなかった罪で杖罰。国子祭酒などを歴任、陝西路宣撫副使、御史中丞、遼宣撫副使を経て遼東路行尚書省事に至る。興定元年(1217年)参知政事、遼東の複雑な情勢(布希萬努・伯特呼図らとの確執)の中で矯制の大赦を独断で発したが、後に伯特呼図に殺害された。朝廷は成功者を遷賞、伊爾必斯は平章政事・芮国公を追贈された。寛厚愛人で吏事に敏、その才を存分に用いられなかったと評される。