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金史
卷一百三 列傳第四十一 鄂屯襄
段階
上京路の人、大定十年(1170年)明安を襲い、丞相襄の推挙で崇義軍節度副使などを歴任。元帥左都監として西京救援に赴くも大敗し辛くも生還、除名処分を受けた。宣宗即位後、遼東路宣撫副使、率賓路節度使、上京留守を歴任し北京の宣差経略も担当。北京宣差提控完顔錫林に殺害され(錫林も後に部下に殺害された)、朝廷は北京を曲赦した。
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