金史卷一百三 列傳第四十一 完顏佐
段階
- 武清県巡検から都統、完顔耀珠(本姓李氏)と共に直沽寨を守備。貞祐二年(1214年)乣軍の招降工作(張暉・劉永昌ら)を見破り悉く斬った功で奉国上将軍・徳州防禦使に叙せられ、姓を完顔氏に賜った。
史論
- 古は天子が土を胙し氏を命じたが、漢以来は賜姓の制度が生まれた。宣宗はこれを一時の功に対する褒賞として用いた。郭仲元・郭阿林は功により国姓を賜り、鈕祜禄資禄・烏庫哩長壽は封疆の臣でありながら他姓を賜った。貞祐以後の賜姓には格式があり、名を用いる者の身分によって重んじられたり軽んじられたりする不均衡があった。国姓を得た者が却って賤しく用いられる例もあった。完顔霆・完顔佐も賜国姓の例としてここに附記する。