金史卷九十 列傳第二十八 劉徽柔

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  • 字は君美、大興安次の人。天眷三年(1140年)進士、洪洞令として明察な裁断で知られ、県人が生祠を建てた。大理評事、河東南路転運使などを経て中都路転運使で卒官。