金史卷八十六 列傳第二十四 瓜爾佳扎拉

剛毅で識見に優れた将

  • 隆州実霞庫河の人。祖父布爾噶蘇は世襲海蘭烏珠明安・海蘭路総管、父実訥は工部尚書。女直契丹字に通じ、海陵の南征では武威軍副都総管を務め、大定二年、宗室璋らの徳順州攻防戦で図克坦喀齊喀の援軍到着による勝利を導く軍議に加わった。京兆尹・殿前右衛将軍を経て、丞相赫舎哩良弼が病床を見舞い「これは国器」と称賛したと伝わる。東北路招討使兼徳昌軍節度使として辺境を治め、断獄公平で「道に落し物拾わず」と称される治政を実現、臨潢尹・西北路招討使を歴任、大定十二年卒した。太師朂は「扎拉は学ばずして道理を知る、古人に比しても稀な才」と評したという。

史論

  • 賛にいう。陷泉の勝利は雷のように轟き、符離の攻略には我が勢威が赫々と輝いた。隴山の犦牛や淮渦の鈎鈲もこれによって成った。だから諸将の功をここに列叙するのである。