金史卷八十二 列傳第二十 髙松
謀反発覚に沈黙で応じる
- 澄州析木の人。宗弼に武勇を見出され汴京・和尚原攻略に従軍、世宗即位後は東京路渤海万戸・兵部尚書となった。宗室克實の謀反企図の際、首謀者李老僧が「髙松を得れば成功する」と説得を試みたが、松は「私は一県令に過ぎぬ、聖恩に応えられぬのに何を望もうか」と応じず、これが克實らの謀反失敗の一因となった。斡罕討伐にも功を挙げ延平少尹・崇義軍節度使を歴任し七十四歳で卒した。
史論(蕭仲恭・髙松について)
- 賛にいう。忠信を行いに貫くこと、何と大いなることか。蕭仲恭は旧主に尽くしてなお富貴の福を得、宗室旧臣と等しくなった。廷で宗磐を叱り、髙松は李老僧の謀を退けて社稷を安んじた、いずれも古の烈丈夫の風がある。