金史卷八十二 列傳第二十 伊喇温
至誠の吏
- 遼横帳の人。契丹小字に通じ、大㚖の江寧渡江に従い都巡検として叛乱の煽動者を捕らえ宗弼に厚く賞された。宗弼の側近として重用され、熙宗の宴席で酔った宗弼を助け「甥に仕えて謹厚」と称された。臨海軍州治で洪水に際し自ら工事を督励し(「治政の疵で洪水が起きたなら、守臣たる私が身をもって謝すべき」)、武定鎮の旱魃・蝗害では指を切り血を酒に混ぜて祈ると雨が降り群鴉が蝗を食い尽くしたと伝わる。致仕して卒した。
史論(軍旅の忠臣たちについて)
- 賛にいう。軍旅の事は矢石を前にして死を計らぬこと、目に金鼓を、耳に旌旗を、心に号令を留めること、これが行列の任である。収国の用兵から大定の対宋和議に至るまで、命に従った士は小さな功であっても記録された、功を明らかにするためである。