金史卷七十三 列傳第十一 晏

謀略に長けた宿将

  • 景祖の孫、阿里罕の次子。明敏で謀略に富み契丹字に通じた。天會初め烏達噶の叛乱に対し、険阻な地形に拠る敵を持久策に見せかけて舟師で急襲し破った。左監門衞上将軍、廣寧尹、吏部・礼部尚書を歴任、皇統元年北京留守、天德初め葛王封、同判大宗正事、宋王に進み、海陵の遷都後は上京留守として豫王・許王・越王・齊王を歴任した。正隆二年例により王爵を削られ西京留守・臨潢尹を経て致仕したが、海陵南伐時、世宗擁立に子伊哷訥とともに参じ左丞相・廣平郡王に封ぜられ都元帥を兼ねた。世宗が畋猟を行おうとした際「辺事未だ寧らず遊猟は相応しくない」と諫めて容れられ、太尉に至った後に致仕して郷里に戻ったその年に薨じた。