金史卷七十 列傳第八 希卜蘇
世祖の危難を救った勇将
- もとは辞不夫と表記されたが後に希卜蘇と定められた。昭祖の孫、烏肯徹の次子。世祖に従い和諾克薩克達との戦で苦戦した際、身を挺して敵の歩軍・騎軍を撃破し、九矢を受けながらも戦い抜いた。烏春との戦いでも大功を挙げ、太祖の伐遼にも従軍し珠赫店の戦で太祖と策を合わせ十万の軍を破った。収国元年七月、太宗・薩哈らと同日に貝勒(愛滿貝勒)を授けられた。太祖の伐遼中は太宗とともに居守を任され、天輔七年(1123年)薨じた。太祖は病中でその死を聞かせられなかったという逸話が残る。正隆二年(1157年)開府儀同三司・曹國公を追贈、大定三年に金源郡王に進封、忠毅と諡された。子は呼沙呼・托卜嘉。